トラジャ物語~その3

【トラジャ物語 その3】
工作・工具愛→手芸愛ときて次に私の中に大きな部分を占めているのはなんだろうと考えました。

今日は田舎暮らしの私がすごく好きだったもの、「田んぼ」の話しをします。
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田舎にあった家は少しばかりの田んぼを所有していました。

春は田植え、
秋は稲刈り。

私はどちらも好きでした。

田植えは苗床を取り出した後の箱を溝で洗ったり、すま植をしたり。
どじょうやカエルを追っかけるのも楽しかった。

まだまだ、ばあちゃんたちが共同で田植えをしていた頃でした。

ばあちゃんたち十数人で一斉に田植えをする姿はとても印象に残っています。

そして、秋の稲刈りは一年の中で一番たいへんな仕事です。

晴天が3日くらい続いた後でないとうまく刈れません。

また、父の休日が重ならなければできないのです。

稲刈りの日は家族総出で、一日がかりで行います。

父が稲刈り機で刈っていきます。

私が小さい頃はコンバインではなく、
手押しの稲刈り機械でした。

ザクザクと稲穂を刈ると、自動で切り口を束にして縛り、
稲束にして吐き出すのです。

その様子が面白くて、ずっと見ていました。

ガシャン、ガシャン、ガシャン、べっ!

自動で紐がくくりつけられることも不思議でしたが、
べっ!と横に吐き出されるのが楽しかったのです。

その、吐き出されてきた稲束を拾い、
一箇所に集めるのが私の仕事でした。

機械が入らない田んぼは手作業で刈ります。
手で刈った稲はわらで縛って稲木にかけていきます。

この作業を朝から晩まで続けるのです。

一箇所に集められた稲束は、稲木にかけていきます。

私が小さい頃はまだ天日干しがメインだったのです。

稲木、というのがわからないかもしれないですね。

稲を刈って束にしたものを
物干しざおのようなものにぎっちりと掛けていくのが稲木です。

幅は3~4M
高さが5メートル位。

横木は10段~20段くらいあったでしょうか。

その稲木に下から順に稲束をかけていくのです。

私は稲木にかけるこの作業が好きでした。
稲木の上の方から秋晴れの空と赤とんぼが舞うのを眺めるのがとても気持ちよかったのです。
稲を掛ける前に私は一番上までよじ登っては景色を楽しんだものでした。

身も軽かったし、よじ登るのなんて簡単でした。

稲木の上にいると時間がすぐに過ぎていきます。

刈られて茶っけていく田んぼ。
近くで聞くとうるさい稲刈り機の音も、
稲木の上では殆ど聞こえません。

代わりに聞こえるのが、ひぐらしがヒヒヒヒヒー、、、と鳴く声。

夕方になると大合唱が始まります。

稲が刈られたことで空中に無数の草っ切れが舞い、合わせるように赤とんぼの群れがすいーっ、すいーっとランダム飛行をするのが見えます。

稲刈りの時のにおい、乾燥した空気、
稲木の上を通り抜ける風はちょっとだけ冷たく外界と断絶されているあの感覚は格別でした。

刈られた稲が溜まってくると、もう頂上の景色を楽しむ余裕はありません。
次々と稲木にかけ、その日中に作業を終えなければならないからです。

田舎の夜は、気温が一気に下がります。
夏でも夜は上着が居る程でした。

つまり、夜露がしっかりつくので、
必ず全て稲木にかけ終わる必要があったのです。

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小学1年生の稲刈りは私にとって忘れられない稲刈りでした。

どうしても手刈りがしてみたかった私は、
手刈りがしたい、と頼んでみました。

『ほなやってみ。』
小さめの鎌を渡してもらい私は張り切ります。

稲を刈る用の鎌は、歯がぎざぎざになっていて、稲穂がよく引っかかる仕組みになっています。

稲穂は根本から20CM位上の部分を「逆手で」持ち、
鎌を手前に引くようにして刈るのです。
このとき、エイッと勢いをつけるのがコツです。

私は、田んぼの端っこの稲を順当に刈っていました。

エイっ!
「ぎゃー!!」

このとき、私は稲を「順手で」持っていました。
このせいで、小指を「刈って」しまったのです。

母が3枚向こうの田んぼから飛んできました。
血が吹き出る小指をタオルで巻き、きつく握りしめながら、病院へと車を走らせます。

片手は私の右小指を握りしめ、
空いた手でハンドルを操作します。

私の小指はもう少しで骨が見える位までバックリと裂けており、何よりも稲切れ、草っ切れ、泥などがたくさん傷口についている状態でした。

つまり、小指を縫い合わせるよりも、
傷口の洗浄が先だったのです。

これが痛いこと痛いこと・・・。
かなりの時間を洗浄に使った後、
やっと私の小指を縫ってもらうことができました。
6針縫ったと記憶しています。

傷はよーく見ないとわからないほどですが、
今でも薄っすらと見ることができます。

帰宅後、叱られたのは当然のことです。
ですが、最後は、
「ちゃんと逆手に持たなあかんやろ!」
でした。

自分自身を否定されたのではなく、
やり方をちゃんと守らなかったことを叱られました。

翌年、また挑戦したのはいうまでもありません。

田んぼがあった、という経験は
自給自足な田舎であったからこそでした。

スーパーも何もない田舎で生活していたんですから、
今の暮らしからは想像もつかないでしょうね。

私という人間は、この田舎での暮らしが根っこにあります。

田植え、稲刈り。
他にも、田舎だからこその不便な生活が
実は私のココロの芯なのかもしれません。

今日はここまでにしたいとおもいます。
長いのに読んでくれてありがとう。
まだ、続きますw