トラジャ物語~その11

【トラジャ物語 その11】
昨日は卒業式の写真に好意的なコメントを頂きありがとうございました。

今では見れるようになりましたが、
ほとんど写真を残していないことでもわかるように、
私は私の容姿、特に顔が嫌いでした。

小さい頃に言われた、「めんどいなぁ」の呪いは
結婚しても解けることはなかったのです。

小中高、そして、和裁塾でも、
そのことは痛烈に感じていましたし、
言葉で言われた事も数知れず。

直接ブス、と言われたほうがまだマシで、
ものすごく遠回りに、
いろいろなこと(人前に出ることや、目立つこと)に関して、遠慮するように通達されることもしばしばあり、
ものすごく卑屈になっていきました。

いままでの投稿で書いている部分は
もしかしたら、キラキラした青春に見えたかもしれません。

それは、ほんの一部分を一生懸命思い出してかいたからそうみえただけなのです。

精一杯、いい思い出として思い出したからなのです。

逆に言うと思い出せた部分、書いてもいいという部分以外は…。

結婚のことを書くに当たり、
ちょっとここは避けられないと思いました。

あまり気持ちの良い話ではないかもしれないのですが、書いてみようと思います。

興味のある方だけ、読んでくださいね。

***

小さい頃に言われた
「めんどいなぁ(ぶさいくだなぁ)」
の呪いは、つい最近まで解けませんでした。

それどころか、更にいろいろな呪いを
上書きされていきます。

母からの
「大人になったら二重手術してあげるから!」
(結局してくれていません!)

友達からの
「笑った顔でおらなあかんで!」
(小中学校時代、笑顔皆無でした。)

高校同級生からの
「あの髪型、かわいいと思ってるんかなぁ?」
(通りすがりに聞こえるように言われた)

友だちになってくださいと言われた(告白?)ときの
「顔で選んだんじゃないから!」
(↑地味に傷つきますよねw)

ホステスの空きがあるんだけどー
という先輩に思い切って
「やってみたい」と言ったときの、
「あきちゃんは無理かなー…。」

バイト先での、
「あきちゃんは裏やっといて。」
という店長の言葉。
(フロントは美人のJDをおきたかったらしい)

今はこれらすべて笑えますが、
言われた当時は、本当に凹んでました。

こうやって容姿を否定されていくことは、
体中に入れ墨を入れるがごとく
深く刻みつけられていきました。

その入れ墨を見せないように、
地味に地味に目立たぬように。
化粧もしません。
髪型も地味に。
服も、グレーや紺のみ。

そして、信じてもらえないかもしれませんが、ほとんどしゃべりませんでした。

ほんの数人の、決まった人とだけしかしゃべれなかったのです。

仲の良い数人の友達意外と話すときは、
緊張しすぎておかしくなっていました。

相手が何を考えているのか、
何を話せば会話になるのか、
どうやったら楽しく会話ができるのか…。

会話が苦手で、
大勢でワイワイ楽しみたいのに、
どうやって会話していいかわからず、
いつも愛想笑いしていました。

みんなが話す話題についていけなくて、
いつも困っていました。

特に高校で、その不安は大きくなり、
大勢に馴染めない辛さをそっと押し殺して、
ひっそり教室にいたのです。

カルトンを抱えて学校に行くのも朝早くです。
まだ誰もいないときに登校して、
誰もいなくなった頃そっと帰宅していました。

学校祭では調子に乗りましたが、
基本はおとなしく地味でオタクな学生でした。

和裁塾でも、先輩の話を聞くスタンスで。
下級生には努めて先輩風を吹かそうとしましたが、空回り。

ここでもやはり、オタクコミュ障が炸裂します。

オタクの集まりにでかけても、
やはりオタクの集まり。

コミュ障がどんなに集まっても
ウェイ族にはなれませんでした。

ほぼ無言で帰ってくることも、
よくあったのです。

小さい頃からずっと、私の望みは、
『多くの人と、楽しい会話を楽しみたい!』
だったのかもしれません…。

会話についての苦手意識と、
人とのコミュニケーション方法がわからない、人との距離感をつかめないーコミュ障。

これは、最近まで、いやもしかしたらまだ
解消できていないのかもしれません。

私は文章を書くのはそんなに苦は感じないのですが、しゃべることには、抵抗感がものすごくあるのです。

とはいえ、苦手で、ずっと苦にしているからこそ、人とのコミュニケーションが上手く行ったときの喜びは格別ですね。

なんだかんだと言っても、
根底では人が好きなんだと思います。

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独りよがりな独白を長々と書いてしまってすみません。

これがどう結婚に結びつくのかは
次の話になります。

今日もここまで読んでくれて、ありがとうございました。