中学受験の記憶:作文が書けない兄1と作文必須の本命校。~本番まであと364日

作文が必須の学校は多い。
そして年々、長文を書かせる学校は増える傾向にあるらしい。
それだけ学校はほしい人材を絞ってきていると言えるだろう。
長文を書かせたり、計算式や途中の思考を見る学校といえば麻布が有名だが、当時、兄1が受験した公立中高一貫校はなかなかの長文読解+作文というハードモードだった。
7年の間に試験の形式が変わり、作文の量は減ったらしいが、ハードなのには変わりがない。
今日は、作文が壊滅的だった兄1の話をしよう。

作文が書けない兄1と作文必須の本命校。

うちは3人とも同じ駅前の塾に通っている。
そこは私立専門の受験塾だ。
兄1を通わせようと、入塾の説明を受けた際に、
「うちは私立中学受験塾ですよ?」と一旦断られたほどだ。
「それでも!」とお願いして通わせてもらったのだが、この判断は間違ってなかった。
兄1は現在大学生だが、未だに塾時代は楽しかった、という。
そんながっつがつの小6。
算数と理科が異様に伸びたせいで、忘れ去られていたのだが、志望校には作文があったのだ。
でも、対策していなかった…!
塾では受けられない(推奨していない)、中高一貫校模試というモノを受けたとき、それは発覚した。
栄光ゼミナール主催の模試だったと思う。
国語の課題は、長文を読み、それについて”自分の経験を生かして”書け、というよな問題だった。
ほぼ初めての作文形式。
のちに回答を見ると、150文字ほどしかかけていなかった。
当然配点は0。
加えて、漢字、抜き出し問題などもほとんどできていなくて、18/200だったと記憶している。
18点である。
赤点とかいう問題ではないのだ。
その場で栄光ゼミナールの塾長に別室に連れていかれ、国語の特訓教室だけでも受けませんか?と勧誘された。
いやいや、国語だけやっていればいいわけじゃないですし。スケジュール的にきついです、とお断りして、その足で自分の塾へ向かった。
急遽面談してもらい、テストを見せ、国語の先生に泣きついた。
先生もびっくりだった。
それが、11月の半ば。
時間がなかった。
そこから、私立中学の中でも作文問題をピックアップしてもらい、塾ではその長文+作文を中心に数をこなしていった。
私は、大きな書店に走り、銀本を買ってきて、国語の問題を漁った。
その中から、志望校の形式に近い国語の問題を、物理的に「抜き取り」時間のある限り解かせることにした。
毎日1校分。
冬期直前講習が始まり、毎日国語の先生に解いた(書いた)作文をもっていく。
赤ペン添削してもらい、また直していく。
この繰り返しだった。

ある日、兄1は切れた。

それは、私が作文の話をしていた時だった。
塾へ向かう車の中。
本音を話せる貴重な数分間だった。
時間内に書ききることができない、と兄1が言う。
「学校でやってきたこととか、そういうの書けばいいんだよ?」と問うてみる。
すると、
「やってない(実体験がない)ことなんて、書けないんだよ!!」
それは、心からの叫びだったろうと思う。
公立中高一貫校の作文は「自身の体験したことを通して」とか「ボランティアの経験から」とか、とにかく今まで何をやって何を考えてきましたか?と問われる問題が多かった。(今でもそうかもしれれないね、もっとひどくなってるかもね?)
消極的でインドア派で面倒くさいことはやらない性格の兄1。
ボランティアも、地域行事も、そんなに出かけて行ったことなどない。
お祭りでさえすぐ帰ってくるのだ。
そうか、それがネックだったんだ。
ものすごーく、腑に落ちた瞬間だった。
兄1はクソが付くほどの真面目っ子だったんだ。
思い当たることがないわけではない。
私も、同じだから。
根っこがまじめすぎると、生き辛いよね。
あー、しかたないなぁ、と思いつつ、口は違うことを言った。
「そんなん、架空の話をでっちあげて書けばいいんやで?」
自分でびっくりした。
ああ、なりふり構わず、この子を合格させたいんやな。
私はそう思った。
「えっ?!でっちあげ・・・?」
兄1はその後、黙ってしまった。

帰宅後、主人を交えて作文のコツ話してみた。

兄1は考える。
  • 自分がやってもいないこと、自分が体験していないこと、自分が行動していないことは、やっぱり書けない。
  • 嘘をつくことになるから、どうしてもいやだ。
  • ボランティアや、体験を通して、何か感じたことなんてないし、感情も動いたことがない。
  • でたらめを書くのはいけないことではないのか?
この4つのことが引っかかってしまい、葛藤し、書けないでいたことが分かった。
「じゃあ」と夫が言う。
  1. 実際に体験したことしか書いてはいけない、とどこにも制限はない。
  2. わからない部分、体験していない部分、感情は想像で「補えばいい」
  3. でたらめを書くのではなく、ちゃんとした文章に仕上げる力があることを見せるための作文である。
  4. 学校側が求めているのは、気高い体験談ではなく、時間内に整った文章を仕上げることのできる力を持った子である。
この説明を聞いて、兄1はストンと憑き物が落ちたようになった。
貴重なお正月休みを、銀本の長文作文問題につぎ込んだ。
100文字程度しかかけず、結論までもっていくことができなかったのに、20分程度で500文字程度の文章をスラスラかけるレベルにまで成長した。
作文が苦手なのではなかった。
文章にする中身について、葛藤していただけだったのだ。
国語の担当の先生には非常にお世話になりました。
毎日毎日、3~5つの作文と直しを提出して、だいたいその日のうちに返してくださった先生の指導が息子の力になりました。
これは、塾でないとできなかった。
塾がほんとうにありがたいと思った。
この苦しい1か月間の作文特訓を経て、本番では450文字の作文を書ききった。
作文さえちゃんと書ければ大丈夫、と勝手に思っていたのだった。
公立中高一貫校に合格した兄1。
夢に見た学校生活が実際はどうだったのかは、また別のお話です。

今日の娘。

試験休み期間が終わる週末に、社会と理科の特別テストがある。
その中でも苦手な地理の問題集をひたすらやっていた。
が。
うーん。
対島・・・じゃないよ…。
原爆ドームの場所くらい覚えておこうよ…。
阿蘇山も漢字で書こう…。
うーん、課題が多すぎる!!!
それではまた明日!